東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5560号 判決 1958年10月15日
原告 斎藤義則
右代理人弁護士 金井正夫
被告 浅田秀彦
右代理人弁護士 衣笠武夫
被告 吉川正治
右代理人弁護士 亀岡孝正
主文
一、被告浅田は、原告に対し、別紙目録(一)記載の家屋につき、東京法務局墨田出張所昭和三一年三月一日受付第四、七四七号をもつてなされた、昭和三一年二月二七日附売買に因る所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二、被告吉川は、原告に対し、別紙目録(二)記載の電話加入名義を原告名義に変更申請をせよ。
三、原告のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
原告が所有していた本件家屋につき、被告浅田のため、昭和三一年三月一日売買に因る所有権移転登記が経由されたこと及び原告に属していた本件電話加入権につき、原告主張のとおり、原告から被告浅田、同被告から、波田野みね子、同人から被告吉川に順次名義変更がされたことは、いずれも当事者間に争がない。
そこで被告等の抗弁について考察するに証人草彅太一郎、中村孟、米田保及び被告浅田本人は、こもごも「原告は、昭和三〇年一一月末頃から昭和三〇年一二月三一日までの間に、八回に亘り合計金五二〇、五一〇円を被告浅田から借り受け、その都度、順次乙一号証の一から八(乙第一号証の一から四は、振出人を斎藤加工所支配人外山幸作とする額面金一五〇、〇〇〇円、金六〇、〇〇〇円、金七〇、〇〇〇円、金三〇、五一〇円の小切手、同号証の五は、外山幸作作成名義の金三〇、〇〇〇円の受領書、同号証の六は、同人作成名義の金七〇、〇〇〇円の借用証、同号証の七は、大平化学工業株式会社の百株券、同号証の八は、合資会社斎藤加工所作成名義の金一〇〇、〇〇〇円の借用証)を同被告に差し入れ、且つ、昭和三〇年一二月三一日同被告に対し本件家屋を含む建坪二七坪六合九勺、二階二六坪二合五勺の建物と、同建物内の動産及び本件電話加入権を右借受金債務の代物弁済とすることを予約した。」旨供述するが、この供述は、後記各証拠に徴し信用しがたい。もつとも、成立に争のない乙第一号証の二、四、被告浅田との間では成立に争なく、被告吉川との間では、証人草彅太一郎の証言により成立を認める甲第七号証の一、二に同証言並びに被告浅田本人の供述(いずれも右措信しない部分を除く)と原告本人尋問の結果とを綜合すれば、草彅太一郎は、保険会社の外交員をするかたわら、金融ブローカーのような仕事もしていたが、昭和三〇年一一月ごろ原告に対し、実際は存在しない丸善商事株式会社の東京電力株式会社に対する手袋等の売掛金債権金五二、〇〇〇円を担保にすると称し、原告から提出日を昭和三〇年一二月八日とする先日附小切手(乙第一号証の二)の交付を受け、更に、昭和三〇年一二月原告が保険料支払のため振り出した、振出日を同月二〇日とする先日附小切手(乙第一号証の四)の交付を受け、右二通の小切手について被告浅田から割引を受けたことを認め得ないではないが、他方、成立に争のない甲第一号証、乙第五号証、丙第三号証、証人大山甚一の証言及び原告本人尋問の結果によると、本件建物には、元本合計金二、四九〇、〇〇〇円の債権のため抵当権が設定されていたとはいえ、本件電話加入権の当時の価額だけでも金一八五、〇〇〇円もしていたし、しかも本件家屋内には右二通の小切手を遙かに上廻る動産があつたばかりでなく、原告は、昭和三〇年一二月三一日当時右小切手が、被告浅田に渡つていることすら知らなかつたことがうかがえるから、原告が、右二通の小切手上の権利を担保するために、被告等主張のような代物弁済予約を結んだものとは、とうてい考えられない。他に被告等の主張事実を認めしめるに足る証拠はない。
かえつて、(一)被告浅田との間では成立に争なく、被告吉川との間では証人草彅太一郎の証言により成立を認める甲第六号証、成立に争のない乙第一号証の一、三、七、八並びに第六号証、証人外山幸作の証言により成立を認める同第一号証の六に証人外山幸作の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、乙第一号証の一、三、五は、原告が、金融業を営む丸善商事株式会社ないし同会社に勤務する中村孟から、昭和三〇年一二月初旬金一二〇、〇〇〇円、また、同月八日ころ原告の代理人外山幸作を介し金七〇、〇〇〇円をそれぞれ借り受けるに当り、その担保として、原告方で製造されたシヤツ類とともに、右消費貸借の仲介をした草彅太一郎を介し、右会社ないし中村孟に差し入れられたもの、また、乙第一号証の六は、外山幸作が、右七〇、〇〇〇円を借り受けるに当り、中村孟に対して差し入れた借用証、更に、乙第一号証の八は、原告が、同月三一日右会社ないし中村孟から金一〇〇、〇〇〇円を借り受けるに当り同人に差し入れた借用証、であることが認められ、(二)証人外山幸作の証言により成立を認める乙第一号証の五及び同証言によれば、同号証は、外山幸作が、昭和三〇年一二月七日草彅太一郎から、金三〇、〇〇〇円を個人的に借り受けるに当り、同人に差し入れた領収書であることが認められる。(三)加えて、右(一)及び(二)の事実に、被告浅田との間では成立に争なく、被告吉川との間では原告本人の供述により成立を認める甲第九号証、成立に争のない乙第五号証、第七号証、証人斎藤はなの証言、原告本人尋問の結果及び本件弁論の全趣旨を綜合すると、次のことが認められる。
原告は、かねて、合資会社斎藤加工所の代表社員として、また、昭和三〇年一一月二七日遠州繊維工業株式会社が設立されてからは、その代表取締役として、本件家屋でシヤツ類の製造加工業に従事していたが、当時、極端な経営難に陥つており、草彅太一郎に対し、再三金融の便宜を計るよう依頼し、現に、前記のように、同人のあつせんにより金員を借り受けた。昭和三〇年一二月三一日の前記一〇〇、〇〇〇円の消費貸借は、原告宅で行われたが、その際中村孟及び草彅は、被告浅田を同道し、原告に同被告を紹介した。原告は、かねて、草彅から、自己及び中村の友人で、若いが相当の資産を有する被告浅田を紹介するから、これに今後のことを相談したらよかろう、といわれていたので、被告浅田に対して窮状を訴えて、資金の援助を懇請した。これに対し、被告浅田は、原告の事業が健全になるよう努力するその具体策として、新年早々原告は、同被告の提供する資金で本件家屋の抵当権者に対し、その債務を弁済し、代わつて同被告が第一順位の担保権者になる等のことを提案した。その際、原告も喜んでこれに応じたが、この話は、その後、一向具体化しなかつた。たまたま、昭和三一年一月末頃原告は、草彅から、大阪の有力な商社の営業部長なる者(事実はそうでなかつた)を紹介され、これと取引するようすすめられた。その結果、原告は昭和三一年二月二日頃大阪へ行くことになつたが、これに先立ち、草彅は、原告の在阪中、被告浅田をして、とりあえず金二〇〇、〇〇〇円程融資させておくから、委任状、印鑑証明を渡してほしい、と述べ、原告から、その交付を受け、更に被告浅田は同月九日頃原告の留守を預かるその妻はなに対し、右と同趣旨のことを述べて、同人から、原告の印鑑もしくは白紙委任状、印鑑証明の交付を受け、これらを用い、二〇〇、〇〇〇円の融資もせず、また、その事実もないのに、原告が、被告浅田に本件家屋や機械その他の動産及び本件電話加入権を金一、二五〇、〇〇〇円で売り渡した旨の公正証書を作り、あるいは、本件所有権移転登記及び本件電話加入名義の変更登録に及んだりした。
右事実によれば、右登記、登録当時被告浅田が、本件建物及び本件電話加入権につき、実体上の権利を有していなかつたことは明らかである。
次に、被告吉川の即時取得の抗弁について考えるに、電話加入権については、民法第一九二条の規定の適用はないものと解されるから、被告吉川のこの点の主張は、それ自体理由なきに帰するものというほかはない。
そうすると、他に主張及び立証のない本件では、原告に対し、被告浅田は、本件所有権移転登記の抹消登記をすべき義務があり、また、被告吉川は、本件電話加入名義を原告名義に変更申請すべき義務があるものといわなければならない。
ところで、原告は、「右名義変更が不能である場合に備え、その代償として、被告等に対し、本件電話加入権の時価相当額の損害賠償を求める」旨主張する。しかし代償請求が許されるのは、将来履行不能になるおそれが多分にあり、しかも、主たる請求の目的物の価額が安定している場合に限るものと解すべきところ、原告が、本件電話加入権につき、仮処分をしていないからといつて、直ちにその名義変更が不能に帰するおそれが多分にあるとはいえないし、もともと電話加入権の価額は、変動しやすいものであるから、右主張は、採用しがたい。
以上のとおり、原告の本訴請求は、本件所有権移転登記の抹消登記と本件電話加入名義の変更申請を求める限度で、正当として、それを認容すべきであるが、その余は失当として、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原弘志)